日本人RPE65網膜症患者における遺伝子治療薬ボレチゲン ネパルボベクの有効性と安全性―アジア初の第3相臨床試験 1年成績

概要
国立病院機構東京医療センター 視覚研究部 視覚生理学研究室(室長 藤波 芳)、診療部 眼科(医長 秋山 邦彦)、視覚研究部(部長 角田 和繁)らの研究グループは、ノバルティスファーマ株式会社および地域医療機能推進機構と共同で、両アレル性RPE65遺伝子変異による遺伝性網膜ジストロフィ(RPE65網膜症)に対する遺伝子治療薬 voretigene neparvovec(ボレチゲン ネパルボベク/ルクスターナ®注)の有効性と安全性を日本人患者で評価し、その成果について報告しました。
本研究はアジアで初めて実施された第3相臨床試験で、暗所光感度や視野といった視覚機能の改善、ならびに良好な安全性が1年間にわたり確認されました。この成果を受けて、ルクスターナ®注は日本(本邦)眼科領域で初めての遺伝子補充治療薬として薬事承認・保険償還に至りました。
本研究結果は、2025年8月27日に国際科学誌 Ophthalmology Science オンライン版に掲載されました。
臨床試験までの取り組み
視覚生理学研究室(室長:藤波 芳)では2017年より、難治性の遺伝性網膜ジストロフィを対象に、電気生理学的病態解析、ゲノム医学研究、AI解析導入、臨床試験デザインなどを推進。30か国以上との国際連携のもと、行政・大学・研究機関・企業・患者会と協力して研究を展開してきました。
主な成果として、
- アジア初となる遺伝子補充治療の治験(RPE65・RPGR)の開始と継続
- ルクスターナ®注の市販後国際調査の開始と継続
- 本邦初のスタルガルト病に対する経口治療の治験(Tinlarebant)
- 遺伝性網膜ジストロフィにおける遺伝学的検査ガイドラインの策定
- 遺伝学的診断バリアントの病原性判定基準(ACMG specification)の策定
- 全視野刺激検査ガイドライン(FSTガイドライン)の制定
- IRDゲノム研究推進タスクフォースによる眼科遺伝医学の研究と教育の推進
- スタルガルト病患者会(Stargrdt’s connected)の支援
などが挙げられます。
これらの取り組みの延長として、今回、本邦初の眼科領域における遺伝子補充治療薬の社会実装を実現しました。

背景
RPE65網膜症は、先天性夜盲や視力低下・視野狭窄を呈する稀少疾患で、その原因はRPE65遺伝子の機能喪失です。進行性で、20代までに社会生活が困難となる症例も多く、これまで有効な治療法はありませんでした。
voretigene neparvovecは、AAV(アデノ随伴ウイルス)ベクターを用いて正常なRPE65遺伝子を網膜色素上皮細胞に導入し、視覚サイクル機能を回復させる世界初の遺伝子治療薬です。欧米では既に承認されていましたが、日本人患者における臨床データがなく、日本での使用が困難でした。

成果
- 対象:RPE65網膜症と診断された日本人患者4例
- 方法:硝子体手術後、両眼にvoretigene neparvovec(1.5×1011 vg/0.3 mL)を網膜下投与
- 主要評価項目(FST):1年後、両眼平均で-1.83 log10(cd·s/m2)改善(暗所視機能の向上)
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副次評価項目:
- 視野(GP III4e):平均427.8度拡大
- 視力(logMAR BCVA):平均-0.033変化
- 安全性:有害事象はいずれも軽度〜中等度。重篤有害事象1例(卵巣嚢腫捻転)は薬剤非関連と判断
これらの結果から、日本人患者においても本治療の有効性と安全性が確認され、本邦における遺伝子補充治療導入の基盤が確立されました。現在も5年間の長期追跡を継続中です。


展望
- 長期追跡による効果の持続性と安全性の評価
- 小児例や進行例への適用拡大の検討
- 他の遺伝性網膜ジストロフィへの応用研究
- 国際共同研究を基盤とした希少疾患領域での遺伝子治療普及の加速
発表論文
雑誌名:Ophthalmology Science
タイトル:Efficacy and safety of voretigene neparvovec in RPE65-retinopathy: Results of a phase 3 trial in Japan
DOI:10.1016/j.xops.2025.100876
掲載日:[2025/08/27]
著者名:Kaoru Fujinami, Kunihiko Akiyama, Kazushige Tsunoda, Saori Ito, Noriko Seko, Shuichi Yamamoto
研究費
本研究はノバルティスファーマ株式会社(Basel, Switzerland)の支援を受けて実施されました(NCT04516369)。
藤波 芳は、日本学術振興会科学研究費補助金、国立病院機構ネットワーク研究費、国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)、Foundation Fighting Blindness(USA)、National Institute for Health and Care Research(UK)ほか各種助成を受けています。
用語解説
- RPE65網膜症:RPE65遺伝子の病的変異により、視細胞でのビタミンA代謝が障害される疾患。先天性夜盲や視力低下・視野障害を呈する。
- 遺伝子治療:欠損した遺伝子の機能を補うため、正常な遺伝子を細胞内に導入する治療法。
- FST(Full-field light sensitivity threshold/full-field stimulus test):暗所での光感度を網膜全体で測定する検査法。
お問い合わせ先
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研究内容に関して
国立病院機構東京医療センター
視覚研究部 視覚生理学研究室 室長 藤波 芳
TEL:03-3411-0111
Email: -
報道に関して
国立病院機構東京医療センター 総務課 庶務係長
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